金銭的に保育園に預けて得ですか?への回答。もうお金のためだけに働くのはやめよう!

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パート収入が保育料で消えても、働きますか?

保育園

私の勤務先にも、保育園に預けて時短で働いている方がたくさんいます。

発言小町という有名なサイトでこんな質問がありました(数年経っていますが、質問自体は今も同じ悩みを持つ方が多いでしょう)。

 子供1才が一人いますが、保育園に預けてパートで働くべきか、悩んでいます。

最近、家の近くに認可保育園(0~2歳)ができて、パートで働いたほうがよいか迷うようになりました。

1 認可保育園は世帯収入で月謝が決まるそうですが、我が家の年収は450万で、どのくらいの保育料がかかるでしょうか?

2 仮にわたしがパートで6万円くらい稼ぐとして、保育料を差し引くとどのくらい手元にお金が残るでしょうか?

パートで働いても、仕事に着て行く洋服が欲しくなったり、コンビニで昼ご飯を買ったりと、お金も多少使うようになってしまうので、保育料によってはパート代が手元にあまり残らないのであれば、育児に専念していたほうが子供のためにもいいような気もします。

パートでお勤めの方で、保育園に子供をあずけているママさんに質問です。

金銭面だけを考えた場合、保育園に預けると得でしょうか。

子供に淋しい思いをさせたくない、とか、働いたほうが子供を可愛いがれる・・・という意見はご遠慮ください。

ここでのみなさんのコメントを参考に、あとから自分や子供の気持ちも考慮して決めたいと思うので、金銭面だけのご意見をお待ちしております。

この質問の興味深いところは、子どもを保育園に預けることによって、子どもが淋しいとかそういう意見はいらない、金銭面だけの意見でよいとハッキリ言っているところです。

パート収入から保育料を払って、そのほかに昼ご飯を買ったりしていたら、なんのために働いてるんだろう?ってことですよね。

これは、我が家も決して他人ごとではありません。

我が家では、どう考えているかを書きたいと思います。

正しいとか、間違っているとか、そういう議論をしたいわけではありません。

こういう考えの人もいるのだな、と思っていただければ幸いです。 

「パート収入」から「保育料」を引くのは大間違い!

まず、1つ目の「認可保育園は世帯収入で月謝が決まるそうですが、 我が家の年収は450万で、どのくらいの保育料がかかるでしょうか?」という質問については、一般的には「住民税」をもとに決まるようになっているので、自分が住んでいるところの保育料のルールを確認していただければよいと思います。

あ、 それは本論じゃないですね。

「仮にわたしがパートで6万円くらい稼ぐとして、 保育料を差し引くとどのくらい手元にお金が残るでしょうか?」

これだと思います。

結論としては、そもそもパートで稼いだお金から保育料を差し引いてはダメです。

6万円から差し引くという考えは大間違いです。

パート収入は、保育料から払うものだ、という考え方自体、やめた方がいいでしょう。

これ、実際にパートで働いている同じ職場の方が

「パートで働いても、収入のほとんどが保育料で消えるから、なんのために仕事しているのかわからない・・・」

と言っていて、あ、それ考え方まずいなあ、と思ったんですね。

何でかといえば、「自分の給料」と「保育料」は絶対に比較してはいけない。からです。

え? もともと家計を助けるために自分は働いてお金を稼ごうとしているのに、それってどういうこと?と思われるかもしれません。

自分は毎日、子どもの保育料払うために働いてるとしか思えないよ!という方が、多いかもしれませんが、その発想でいる限り、「保育園に預けることは金銭的にNG」となってしまいます。

そもそも育児は妻「だけ」の仕事なのか?

別の言い方をすれば、自分の給料と保育料を比べるということは、

外で自分が働くこと

家で自分が育児をすること

を比べていることになります。

でも、育児は妻だけの仕事ですか?

夫は?

夫はどこに行きましたか?

多くの家庭では、まだまだ妻よりも夫の方が収入が多いかもしれませんが、だからといって、育児は妻だけの仕事ではありません(仕事という表現を使うのが適当かはこの際、無視します)。

育児は、夫にとっても仕事の1つです。

つまり、そもそも保育料を「妻の給料だけ」から出しているという発想は、辞めましょう。

自分の給料と保育料を天びんにかけるのではなく、「夫の給料」からも出すようにしましょう。

折半でもいいし、収入に応じて按分してもいいから、夫の給料からも出すわけです。

当然のように負担してもらうわけです。

保育料が妻だけの収入から引かれなければ、妻の手元にお金は残ります。

そうすれば、「パートで働いても、収入のほとんどが保育料で消えるから、なんのために仕事しているのかわからない・・・」という発想から抜け出せるはずです。

「残ったお金」は自分のお金です。

働いていなかったら手に入らなかった、自分のお金です。

その発想が大事です。

我が家が保育園に預けている理由

さて、これから我が家が保育園に預けている理由を2つご紹介します。

理由1)保育園と同じ環境は、絶対に家だけで整えることはできない。

1つ目は、保育園という環境の素晴らしさです。

正直、保育園、ってすごいです。

我が家の子どもたちが通っているところはかなり保育園としてがんばっているところだと思います(もっと保育士さんたちのお給料が増えるといいのに!!)。

しかし、そうでなくても、毎日、たくさんのお友だちと遊んで、子どもたちのことを考えて作られた給食を食べて、決まった時間にお昼寝ができる生活を、さあ、我が家でやろうと思ったら、かなり地獄を見ます。

毎日へとへとです。

子どもたちが家にいたら絶対にできないようなことをたくさんさせてもらって、写真を見たり、毎日の連絡帳なんかを読んでいると、妻と「保育園に預けてよかった~」と話すことばかりです。

少なくとも、保育園に預けなきゃよかった!と思ったことは、今のところなかったと思います。

子どもたちは、保育園でめちゃくちゃ豊かな体験・経験をして、毎日育ってます。

理由2)女性が働くのをやめると正社員で戻るのが難しくなる。

私がびっくりしたのは、妻は「専業主婦になりたい」派ではなく、「働きたい」派だったことです。

これは私の勝手な思い込みでしたが、子どもたちが産まれた後も、一定期間、育児休暇はとったものの、できるだけ早く働きたいとすぐに復帰しました。

正直、妻が職場復帰するためには、さまざまなハードルがあったのですが、妻はすべてクリアして、毎日働いています。

おかげで、早起きの習慣が全くなかった私もすっかり朝から起きていますが、朝から子どもたちのご飯をあげて、着替えさせたり保育園に送ったりして、朝はスタートします。

さて、女性が働くのをやめると、復帰するのはまだまだ難しい世の中です。

妻の場合も、完全にやめてしまうと、正社員ではなく、パートになってしまうこともあるようです。

「子育てが落ち着いたら再就職すればいいのに」

という声もあるかもしれませんが、再就職できる保証なんか、この世の中にはありません。

仮にできたとしても、子どもが生まれる前と比べて全く異なる条件で働かなければならなくなって、仕事を続けられなくなった人も見てきたので、そう簡単に言えません。

そもそも、保育園が終わったら小学校、中学校と、子育てに落ち着くときなんてあるんでしょうか?

仕事を続けると言うことは、キャリアを続けるということです。

別に出世しろという話ではなくて、そのときに経験したことが、その人にとって大きな武器となります。

ブランク(空白)はそう簡単に埋められません。

また、働くということは、「人」とつながる、「社会」とつながることを意味しています。

妻になぜ働きたいのかと聞いたときに、何か自分が他の人の役に立ったり、社会とつながっていたい、というようなことを言っていたのを思い出しました。

子育てで心と体が壊れなかった理由

ここまで書いて改めて思ったのは、「我が家に24時間子育ては無理なんだな」ということです。

たぶん、こう書いたら意見が分かれると思いますが、それこそがまさに質問者が最初に断ったことで、

「子供に淋しい思いをさせたくない、とか、 働いたほうが子供を可愛いがれる・・・という意見はご遠慮ください。」

という場所に入っていくかと思います。

理由1は、保育園を全面的にヨイショしていますが、逆に言えば、家庭で子どもたちを見るのが大変だから、保育園に子どもたちを放り込んでいる、と読むこともできます。

理由2は、キャリアを継続したり、人や社会とつながることを主においていて、子どもたちのことは出てきません。

それでいいの、という意見があってもおかしくはないでしょう。

・・・それについては、我が家は我が家で、そういう面があることは全く否定しません。

365日、24時間、子どもたちと正面から向き合っていたら、たぶん、私たち夫婦は壊れていたでしょう。

こうやって、保育園に助けてもらってなんとかバランスをとっているのは間違いありません。

だから、我が家は保育園に預けていなければ、たぶん、大変なことになっていたでしょう。

多分、それが今のところの事実です。

子育てでがんばっている人に贈る「詩」

一方、保育園に預けない選択もまた、尊いことだと思います。

預けたくても預けられなくて、泣いている人もいることを知っています。

そんな、子育てをがんばっているあなたに、この詩をご紹介します。

『今日』 (伊藤比呂美 訳)

今日、わたしはお皿を洗わなかった

ベッドはぐちゃぐちゃ

浸けといたおむつは

だんだんくさくなってきた

きのうこぼした食べかすが

床の上からわたしを見ている

窓ガラスはよごれすぎてアートみたい

雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたらなんていわれるか

ひどいねえとか、だらしないとか

今日一日、何をしてたの?とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた

わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた

わたしは、この子とかくれんぼした。

わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った

わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった

わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな

たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと

でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは

澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために

すごく大切なことをしていたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、

わたしはちゃーんとやったわけだ

これ、涙出てきますね。

ご興味がある方は、こちらの絵本に載っていますのでどうぞ。

大事なことは、今日やったことを1つ1つ数えること

この詩は、自分も何度も何度も思ったことが書いてあって、そうだ、そうだ、と思ったのでご紹介しました。

どうも、「自分がやらなかったこと」にばかり、目がいきがちではありませんか?

あれもやってない、これもやってない。

そうやって、自己嫌悪になってしまう。

子育てって、子どものためをと思っても、本当に完璧になんてできないんですよ。

だからこそ、「自分がやったこと」を1つ1つ数えましょう。

子育てに正解なんてありません。

でも、決して、絶望せず、壊れず、「今日」をかみしめて、子どもとともに、生きましょう。

・・・我が家の天使たちの寝顔を見ながら、そんなことを思いました。