2017/06/143 Shares

無知から脱出するために必要なのは、「自分が知らないと認める勇気」

「私、無知なんです」

このブログに移行してから100人以上の方にコメントをいただきましたが、その中で、少なからず共通して使われる言葉があります。

それが、「無知(むち)」です。

特に税金の制度に関して「私、無知なんです」という方が多く、びっくりしました。

もちろん、100人いたら90人くらいは知らなくてもおかしくないことばかり記事にしていたので、「そんなの知らなかった~」と思っていただいたのかもしれませんが、そろいもそろって「無知」という同じ言葉を使っていることに驚いたわけです。

無知でいることより100倍問題なことは何?

さて、結論から書くと、「無知」であることは、正直、仕方がありません

私も何でもは知りません。知ってることだけです。

税金も年金も含めてお金に関する制度というのは、ある意味ではわざと無知になるように仕向けられ、知る機会自体を奪ってきた歴史もあります。

私みたいにたまたまどっぷりその世界にハマって「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」的な語り部になって、少しでも多くの人に伝えようとしているのがこのブログですから、私が知っているレベルはむしろ世間的には「異常」です。

ただ、問題なのは、「無知だからどうなの?」ということです。

「私は無知だからあきらめます」なのか、

「私は無知だからがんばります」なのかで、

人生は大きく異なります。

無知でいることよりも問題なのは、「自分が知らないことを認めないこと」なのです。

逆に言えば、大切なのは、「自分が知らないことを認める勇気」です。

人生で損している人は、「無関心」か「知ったかぶり」をしている。

自分は知らない」ということを「知っている」ということは、実は素晴らしいことです。

多くの人は、「知らないことに無関心」です。

そしてまた、賢いと一般的に言われている人の中にも「知らないことについて知ったかぶり」をしています(知らないことを認めたくないので)。

いずれも、「知らない」ままで、自ら知ろうとしないため、損をする可能性が高いです。

誰も教えてくれなかった「お金のルール」を勉強し直そう!

経営破綻状態となった落ちこぼれ高校を建て直すため、様々な受験テクニックを駆使して東大合格を目指す姿を描いた『ドラゴン桜』という漫画があります。

第1話で主人公(弁護士)がなぜ東大を目指すのか、生徒にこんなセリフを言います。

社会のルールってやつは全て頭のいいやつが作っている。

そのルールは頭のいいやつに都合がいいように作られているんだ。

逆に都合の悪いところはわからないように隠してある。

つまり頭使わずに面倒くさがっていると一生騙されて高い金払わされるんだ。

騙されたくなかったら、損して負けたくなかったら、お前ら勉強しろ」

このセリフに、なぜ「無知」だと人生で損をするのかという理由が凝縮しています。

しかし、大人になって今さら東大に合格するための勉強をしろというわけではありません。

ドラゴン桜の主人公のセリフの中に、「社会のルール」という言葉が出てきましたね。

それを勉強しましょう。

私は社会のルールの中でも特に「お金のルール」を利用する仕事をしています。

正直、このお金のルールというのは社会のルールの中でも「難しい、面倒、よくわからない」と敬遠されます。

このブログで書いている「税金」は、お金のルールの1つです。

将来もらえるかよくわからないと多くの人が思っている「年金」だってお金のルールの1つです。

つまり、あなたが今、このブログを読んでいるということは、「お金のルール」について、学び直していることになります。

『学問のすゝめ』の「学問」って何?

また、あなたの財布に眠っている福澤諭吉先生も、『学問のすゝめ』でこんなことを言ってます(超意訳です)。

(アメリカの独立宣言にはさ、)「人間みな平等」とか書いてあるんだけど、実際は人間って金持ちだったり貧乏だったり全然違うわけじゃん。

なんでかって考えたんだけどさ、その差って「勉強してるか」、「勉強してないか」の差だと思うんだよね。

勉強って言っても、難しい文字が書けるとか、難しい本が読めるとか、そんなのじゃないよ。

そういうの後回しでいいからさ、もっと実用的で役立つものの勉強を先にした方がいいわけ。

あれ?

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」って「平等」について書いたものじゃなかったの?と思われるかもしれませんが、タイトルのとおり「学問」をすすめたものです。

しかし、一般的な学校でのお勉強のことを言っているのではなくて、もっと実用的で役立つものの勉強をした方がいいと言っています。

学問とは、ただむずかしき字を知り、解げし難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。

(中略)

されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり

私は、このもっと実用的で役立つものの1つとして、ぜひとも「社会のルール」を必須科目にしてほしいと考えています。

最後に:知ってるだけじゃ意味がない!実践あるのみ

『学問のすゝめ』には、「読書は学問の術なり、学問は事をなすの術なり」という言葉が出てきます。

読み書きは、学問(福澤先生的には、実用的で役に立つこと)をするための手段ですが、そこでストップしてはダメです。

その学んだことは、「事をなす」ための手段であることが大事というわけです。

福澤先生的には、世の中に広く役に立つことをしよう!とビッグすぎる(実際に慶応義塾まで作ってしまった)のですが、私はこう現代版にアレンジして解釈しています。

社会のルールを知ることはとても大切。

でも、単に知るだけではなく、実践する。

そして実践したことを自分以外の人にも広める。

そうすることで人の役に立つ。

私は、自分が実践したことを自分以外の人にも広めることで、少しでもわかりにくい社会のルール(特にお金のルール)をわかりやすく広めていきたいと思っています。

これがこのブログを書く私のミッション(使命)です。

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さあ、自分が知らないと認めるところから、はじめましょう。

頭を使わずに面倒くさがっていると、一生だまされて高い金を払わされますよ。

自分のお金と時間を、取り戻しましょう。

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